2006年12月13日

大根流し

 江戸時代の頃、吉田の宿に真田ひもを編んで暮らしをたてている幸助(こうすけ)という男がいた。幸助が生業(せいぎょう)としている真田ひもは、信州上田の郷で真田幸村(さなだゆきむら)公が領民に奨めて編ませたのが始まりだといわれている。
 
 幸助は真面目な男で、神仏を深く敬い、毎日を感謝しながら仕事に励んでいた。ただ、幸助は生まれつき喘息(ぜんそく)という病気を持っていたので、いつも咳をしていた。ことに秋から冬にかけては、はた目にも苦しそうだった。
「幸助さん、今日のあんばいはどうだん。すこしはましかん」
と仕事へ行く人々が声をかけてくれたが、ひどいときは、返事もできず、背中を丸めて激しく咳きこんでいることもあった。

 ある年の暮の十二日のことだった。その日、幸助はなんだかとても心地よく、冬には珍しい暖かな陽差しにつつまれて部屋に座っていた。なんだか、今日は不思議な日だなぁと思っていると、正面の襖(ふすま)が開いて、一人の立派な武将が部屋に入ってきた。幸助は何事だろうと、ただただ驚いて見ていると、それは日ごろから敬っている幸村公ではないか。突然の出来事にびっくりして額を床にすりつけ、ひれ伏していると、幸村公は、
「幸助、お前が喘息の持病で苦しんでいるのを本当に気の毒に思っている。お前はいつも正直に、真面目に仕事に励み、神仏への信心も厚く感心しておる。それに報いて、わたしが難病を取り除いてやろう。病を除くには、天の水と地の水が合流し、東南より東北に流れて、途中二つ以上の橋をくぐって海に流れこむ川を探しあて、その川に自分の名前と真田幸村様行きと書いた大根を流すことじゃ。そうすれば喘息はたちまちなおるであろう」
と言われると襖の奥へ消えていった。

 幸助は、不思議なできごとに、恐る恐る顔をあげてあたりを見回すと、いつもの住み慣れた自分の家にいるではないか。よくよく考えてみると、発作の苦しさから逃れようと一心に祈っていて気を失い、倒れていたようだ。幸助は、お告げの場所を探しだそうとあちこち歩き回り、杉山村でお告げの川を探し当てた。そこで教えられたとおりに大根を流したところ、あれほど長い間苦しんでいた喘息の発作が二、三日すると嘘のようになくなった。

 この噂を聞き、喘息に苦しむ人たちが大根をもって、この地にお参りにくるようになった。また、村の人たちも信州上田村の真田神社から神霊をお迎えし、真田神社を建立し、毎年十二月十二日に加持祈祷(かじきとう)のお祭が行われるようになった。

[注]真田神社(豊橋市杉山町字下泉)

豊橋・杉山校区の民話
タグ:豊橋
posted by ハマちゃん at 15:37| Comment(4) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今、国語の授業で、昔話をやっています。
ぜひ参考にしていただきます。
Posted by みかん at 2008年03月16日 15:33
参考にさせていただきました。
アリガトウ。。。
Posted by 奈津美 at 2008年03月16日 16:02
大根流しかあ。むっちゃえぇ話やん。
喘息って苦しそうやな。
実際なってる人がいるってことなんやな。
うちは違うねん。
健康やねん。うち。
めっちゃ、骨折とか全然ないもん。
うち熱とかやって、ほんまなってないんやで
小5ですう。。。
奈津美〜〜〜〜〜・・・・・。
同じ学校の人かもしれへん。
同じ学校や。
参考させていただくで。
ありがなあ。
ほんまいい話やな。じゃ。
Posted by 麻矢 at 2008年03月16日 16:11
良い話です。
Posted by 佳奈 at 2008年03月16日 16:13
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