2006年08月27日

二ノ午大祭(にのうまたいさい)の絵馬

 江戸時代のこと、三河国(みかわのくに)、小松原村に、働き者の惣吉という男がいた。惣吉は、毎日、畑に出て一生懸命に野良仕事に精出しても、女房や十人の子どもたちに満足に飯を食わせてやることもできなかった。村人たちは、惣吉のことを

 村の惣吉ゃ働き者よ 畑は耕せど 実はならず
 なぜか子宝に恵まれて ひーふ−みーよー
 いーむーなー やっつ ここのつ とどめの留よ
 それでもとまらず 十番目は末吉さ

などと囃し歌(はやしうた)をつくり、歌われるほど子宝に恵まれた。

 惣吉は、畑を耕し、種まき、草取り、肥えやりと、毎日せっせと働いた。また、新しい畑を作ろうと荒れ地を耕した。けれども、痩せた畑では野菜は育たず、開墾もはかどらず、このままでは家族を養っていけないと、大切にしてきた家宝の「壷」を手放し、農耕馬と交換した。

 馬を手に入れた惣吉は、(これで農作業もはかどるぞ)と喜んだのもつかの間、頭を抱え込んでしまった。馬はとんでもない暴れ馬で、馬屋につないでおけば手綱を引きちぎり、馬屋を飛び出し、惣吉の畑どころか、地主の畑や隣近所の畑まで荒らしてまわっていた。そんな日が幾日も続き、困り果てた惣吉が途方に暮れていると、埃(ほこり)まみれの衣を身にまとった旅の僧が現れ、惣吉に声をかけた。
「これ百姓、お前の悩みを解き明かすには、東観音寺の馬頭観音にお願いするがよいぞ。」
と静かに言うと、経を唱えながら東の方へ去っていった。

 惣吉は藁にもすがる思いで東観音寺を訪ねた。東観音寺には、馬頭観音があった。

 惣吉は和尚に、ことの一部始終を話した。すると和尚はニコニコ笑いながら、
「そりゃあお困りじゃのう。馬頭観音さんに絵馬札を奉納し、お参りなさい」
と言われた。惣吉は絵師にお願いし、立派な絵馬を描いてもらい、大きな絵馬札を奉納した。そして、毎日、馬頭観音を参拝したが、暴れ馬は一向に静まらなかった。

 惣吉は、再び和尚に相談した。すると、和尚は惣吉が奉納した絵馬札を見ながら、
「馬が暴れるのをやめない理由は、この絵にあるのじゃないかな」
と言う。惣吉は、奉納した絵馬をじっと眺めていたが、やがて絵馬札を取り外すと絵師の所に走り、立派な絵馬に負けないくらい立派な手綱を描き加えてもらった。それを奉納すると、暴れ馬が静まるようにと和尚に祈祷をしてもらった。

 それから、暴れ馬が嘘のように静かになり、よく働いた。働き者の惣吉と、馬が一緒になって農作業に励み、子だくさんの惣吉一家の暮らしも、日に日によくなり、家族みんなが馬を大切にした。

 惣吉が奉納した絵馬札が、「二ノ午大祭」の絵馬札となっているか定かでない。

豊橋・小沢校区の民話
タグ:民話
posted by ハマちゃん at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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