2006年08月18日

石造り観音

 昔、橋良(はしら)の村に働き者の五助(ごすけ)という百姓がいた。とても器用な人で、田畑の仕事の暇を見つけては、藁草履(わらぞうり)を編んだり、竹でざるを作ったり、板や角材で梯子(はしご)や箱、机などを上手に作り、それらを安い値で村人たちに売っていた。村人たちは、五助の作った物は丈夫で長持ちすると喜んでいた。

 朝早くから夜遅くまで働きづめで、とうとう五助は足が痛むようになってしまった。膏薬(こうやく)を貼ったり、あんまさんに掛かったり、いろいろやってみたが、何の効果もなく一向によくならなかった。
「おれは、働くだけがとりえで、信心がたりなんだ。今日からは朝晩お参りをしてなんとか足の痛みを治してもらおう」
と毎日熱心に神棚や、仏壇にお参りをしていた。

 そんなある夜、夢の中で不思議な声が聞こえてきた。
「お前の足を治すには、草に埋もれている観音さまを掘り出し、供養することじゃ」
とお告げがあった。

 驚いた五助は、翌日から痛む足を引きずりながら、何日も村のあちこちを捜し廻ったが、なかなか見つからず、困りはてて座り込んでしまった。その時、ふと昔あったお寺の場所を思い出した。

 ようやく、お寺の跡地の草むらから、観音さまを見つけ掘り出した。
「ああ、もったいないことじゃ、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ・・・」

 五助は、泥だらけの観音さまを、きれいな水で頭、顔、体と丁寧に洗ってあげた。そして、その地に小さな祠(ほこら)を作り、毎日観音さまにお花やお線香を供え、お参りし、以前にもまして信心するようになった。すると、いつの間にか、お告げどおり痛んでいた足がすっかりよくなっていた。

 観音さまの噂は、たちまち村中に広がり、大勢の人がお参りするようになった。村では立派な観音堂を建て、観音さまを大切にお祀りした。

 その後、この地に公園が作られ、観音堂は壊されてしまった。観音さまは、村人たちの手で正光寺(しょうこうじ)に移され、門前の三十三観音に守られるように真ん中に安置された。村人たちは、手厚く世話をし、観音さまを心のよりどころにした。

 今も一年に二回、正月の二日とお盆明けの八月十七日、村のお年寄りが集まってご詠歌(ごえいか)を唱えお参りしている。

豊橋・福岡校区の民話
ラベル:豊橋
posted by ハマちゃん at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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