2006年05月29日

大西の馬頭観音

 昔、大西の里に、たいへん働き者の馬方が住んでいた。
「今日もご苦労だったなあ。帰りの荷がなくてよかったよ」

 重い荷物を隣村まで届け、ほっとした馬方は、空になった馬の背中を優しくなでた。村から里まで急な坂道を通り抜け、昼でも暗い杉木立を通り過ぎると、後は一本道だ。
「おお、おてんとさまが隠れそうだぞ。急がんと日が暮れる」

 馬方は、赤く染まってきた西の空を眺めながら、馬の前をテクテクと歩き続けた。汗びっしょりの顔を拭いもせず、ただ早く帰りたい一心だった。時折り、冷たい風が背中のあたりをかけ抜けていく。
 
 (あれ?何かおかしいぞ。わしと馬しかおらんはずなのに、何かいるぞ)
前になったり後ろになったり、たしかに何かがいるのだ。(もしや、オオカミ・・)ぞくっとした馬方の手にぐっと力が入った。
「おおーい、そこの狼よ。姿を見せな。わしの家までついてこい。お前の大好きな塩をやるぞ」

 恐ろしさに震え、しぼりだすような馬方の声は、切れ切れになって、風に散っていった。
 
 でも、何かがひたひたとついてくるような気配は、やむことがなかった。馬方は、息を殺し、恐ろしさに震える足をただ前に前にと運び続けた。ようやく、家にたどり着いた時は、真夜中を過ぎていた。家の中に一歩入った馬方は、何より先に井戸の水を汲んだ。
「おお、よしよし、これで安心だ。いっぱい呑めよ」

 馬がかいばを食べ始めたのを確かめると、疲れ果てた馬方は、そのまま土間にごろんと転がり、眠ってしまった。
 
 朝になった。鶏の声といっしょに起きた馬方は、首をかしげた。自分が餌を作り出すと、必ず聞こえてくる朝の一声、「ヒヒーン」が聞こえない。急いで桶をさげ馬小屋に走った。
(これは、どうしたことだ?)

 馬は、影も形もない。慌ててそこらを探し回ったが、どこにもいない。声もかれはて、井戸端に倒れ込んだ馬方の目に飛び込んできたのは、馬の片足だった。やっと、狼に喰われてしまったことが分かった。
「何とかわいそうなことよ。わしが悪かった。わしが約束を破ったばっかりに、とりかえしのつかんことをしてしまった」

 馬方は、憐れな馬の霊を慰めようと、馬頭観音を作り、お祀りするようになった。今も、小さな観音さまは、大西の公民館脇の小さな祠(ほこら)の中から、働く人々を見守っている。

豊橋・牟呂・汐田校区の民話
posted by ハマちゃん at 21:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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Posted by でじたる書房 at 2006年05月31日 10:52
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