2006年04月08日

おしいばち

 昔々、神代の時代のこと。

 天照大神(あまてらすおおみかみ)の言いつけで、六人の神々が、海手の賊を退治するために、航海に出た。向かうもの敵なしの勢いで、悪者たちに立ち向かっていた神々に、突然の不幸が襲ってきた。航海中、暴風雨に見舞われてしまったのだ。飢えと寒さに震えながら、漂流すること十数日、やっとたどり着いたのが植田の海辺だった。

 命からがら岸にはいあがった神々は、助けを求めて歩き続けた。ようやく見つけた里人の家の前まで来ると、手を合わせて頼んだ。
「食べ物をわけていただきたい」
 
 しぼりだすような必死の声に、里人はそっと戸のすきまからのぞいてみた。
「何ということだ!賊かもしれないぞ」

 着ているものは破れ、髪の毛もひげもぼうぼうだ。落ちこんだ目だけが、ギラギラ光っている。あやしげな姿に恐れをなした里人は、そっと裏口から抜け出すと里の人々に急をつげてまわった。
「食べ物を恵んではならんぞ。早く村から追い出してしまえ」

 その夜、里人の家は、どこも固く戸を閉じて開かなかった。
 
 六人の神々は、世の無常を嘆き、動く気力もなく地に伏して泣いた。

 翌朝、東の空があけ始めるころ、里人たちは、森外れの木陰で固く抱き合っている六つの亡きがらを見つけた。びっくりした村人たちが、冷たくなった亡きがらを調べてみると、高貴な神々であることがわかった。
「なんと、むごいことよ。知らぬとはいえ、悪いことをしてしまった」

 里人たちは、自分たちの罪の深さを悟り、心をこめて六人の死を弔い塚を立てた。これが、車神社の境内にある「ひさご塚」だといわれている。

 毎年、十月二九日の祭礼には、「おしいばち」という神事が大切に受け継がれている。

 当番に当たる人たちは、夜明けごろから大釜でご飯をたき、客側を待ち受ける。客たちは、裃に身を固め、特大の親碗に盛り上げたご飯をいや応なしに食べなければならない。一粒でもこぼしたり、食べ残したりは許されない。凶年になっては大変だからだ。早くきれいに食べれば食べるほど豊年だといわれている。
「決して食べ物を惜しんだのではありません」

 六人の神々を餓死させたことへのお詫びの意味が込められると共に、この神事が長い間受け継がれてきたのは、白米に対する願望と、感謝の意味が込められている。

豊橋・植田校区の民話
posted by ハマちゃん at 17:59| Comment(10) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。

植田のお話ですね。うちの会社のすぐそばだ。車神社は植田の大まんじゅうの近くですか。神様は梅田川をさかのぼってきたのかな。

神様が餓えで死んじゃうと言うのが、なんともアジア的な感じ。
Posted by ひとぴん@エクステリア明日香 at 2006年04月22日 11:48
ひとぴん@エクステリア明日香 さま
ありがとうございます。

>植田のお話ですね。うちの会社のすぐそばだ。車神社は植田の大まんじゅうの近くですか。

先日、明日香さんの前をとおりました(^^)

まだ車神社へは、行ったことがないので、一度行かなくてはと思っています。
Posted by ハマちゃん at 2006年04月23日 05:15
先日、フグの森神社と車神社へでかけました。
ちゃんとした、民話があるんですね。
近くに(芦原)住んでいますが、この話は初めて聞きました。車塚からはいろいろな
ものが出土して、豊橋市美術館に収納されているそうですね。
Posted by mika at 2006年06月05日 18:51
mikaさま
ありがとうございます。

車塚からは、いろいろなものが出土していること、初耳でした。良いお話をありがとうございます(^^)

じつは、
「植田の大まんじゅう」までは何度も行ったのですが、車神社が、いまだにわかりません(>_<)

「植田の大まんじゅう」を買いつつ、場所を聞こうかと思っているところだったりします。
Posted by ハマちゃん at 2006年06月05日 21:18
くるま神社の場所は、植田の大まんじゅう、というより中央牛乳の裏と言ったほうがいいのでは?かなり大きな神社で、車神社会館という建物もありました。
住所は植田町字八尻です。
Posted by mika at 2006年06月05日 21:40
車神社の場所は、植田の大まんじゅう、というより中央牛乳の裏と言ったほうがいいのでは?かなり大きな神社で、車神社会館という建物もありました。
住所は植田町字八尻です。
Posted by mika at 2006年06月05日 21:40
車神社の場所は、中央生乳の裏です。
結構、大きい神社で、隣には会館もありました。旧259号線から、会館の屋根が見えます。豊鉄車庫側です。
住所は、植田町八尻です。
Posted by mika at 2006年06月05日 21:47
何度も同じ文面を送ってしまい、すみません。
ぜひ、車神社へはおでかけください。
私たちは、毎週金曜午後1・30より
芦原校区市民館にて活動しています。
Posted by mika at 2006年06月05日 21:51
mikaさま
ありがとうございます!

裏違いだったのですね(^^ゞ
ゆっくり車を走らせ、クラクションを鳴らされたこともありまして・・・。

これで、行くことができます。

ところで、芦原校区市民館では、
郷土の歴史に関する活動をされているのですか?

地元に住んでいても知らないことが多いので、またいろいろ教えてくださいね(^^)
Posted by ハマちゃん at 2006年06月05日 23:14
芦原校区は昨年より、市の認知症予防のモデル校区に指定されています。
それで仲間を集い、昨年は「旅行サークル」、今年は「歩こう会」を立ち上げました。
ただ歩いただけではつまらないということで、郷土の遺跡やら歴史を勉強しながら、歩いています。
というわけで、車神社へも歩いていきました。
こちらこそ、近所の旧跡などを教えてください。
Posted by at 2006年06月05日 23:21
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