2006年12月15日

民話「大根流し」の背景を訪ねて

大根流し

12月10日、豊橋市杉山町の真田神社で、「大根流し」があると聞き、行ってきました。


この「大根流し」は、民話「大根流し」にもあるように、江戸時代末期に吉田(現在の豊橋市)在住の幸助という男の夢の中で真田幸村公が現れ、そのお告げの通り、真田幸村公宛に川に大根を流すとゼンソクが全治したという伝説が始まり。


かつては、伝説のとおり神社近くの川にホンモノの大根を流していたが、いまでは、河川環境に配慮して、杉板に大根の絵を印刷した「お札」を浮かべるように変わり、また、開催日も従来は12日だったが、第2日曜日に変更したそうです。

真田神社ののぼり

この日、神社の付近では、案内ののぼりが立っていました。


午後2時すぎ、この「大根流し」にはじめて行ってみると、
神社の入り口で、大根の絵を印刷した「お札」を1枚200円でわけていただき、名前と生年月日を書き入れ、まずはお参り。

お参りの後、竹で堰きとめられた、水路にお札を浮かべました。

大根の絵を印刷した「お札」

はじめて、参拝しましたが・・・
時代とともに、おまつりのスタイルは変わるのだろうけれど、水路に浮かべる大根の絵の「お札」には、ちょっと違和感を覚えました。


“豊橋のことなら、この1冊で!”という『豊橋百科事典』によると、
幸助が見つけたのは、新平川(しんぺいがわ)という川だったと載っていました!


【真田神社の大根流し】
日時:毎年第2日曜 7:00〜16:30
開催場所:真田神社
交通:豊橋鉄道渥美線「杉山駅」下車徒歩10分

のようです。
ラベル:豊橋
posted by ハマちゃん at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊橋の民話-場所・背景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

大根流し

 江戸時代の頃、吉田の宿に真田ひもを編んで暮らしをたてている幸助(こうすけ)という男がいた。幸助が生業(せいぎょう)としている真田ひもは、信州上田の郷で真田幸村(さなだゆきむら)公が領民に奨めて編ませたのが始まりだといわれている。
 
 幸助は真面目な男で、神仏を深く敬い、毎日を感謝しながら仕事に励んでいた。ただ、幸助は生まれつき喘息(ぜんそく)という病気を持っていたので、いつも咳をしていた。ことに秋から冬にかけては、はた目にも苦しそうだった。
「幸助さん、今日のあんばいはどうだん。すこしはましかん」
と仕事へ行く人々が声をかけてくれたが、ひどいときは、返事もできず、背中を丸めて激しく咳きこんでいることもあった。

 ある年の暮の十二日のことだった。その日、幸助はなんだかとても心地よく、冬には珍しい暖かな陽差しにつつまれて部屋に座っていた。なんだか、今日は不思議な日だなぁと思っていると、正面の襖(ふすま)が開いて、一人の立派な武将が部屋に入ってきた。幸助は何事だろうと、ただただ驚いて見ていると、それは日ごろから敬っている幸村公ではないか。突然の出来事にびっくりして額を床にすりつけ、ひれ伏していると、幸村公は、
「幸助、お前が喘息の持病で苦しんでいるのを本当に気の毒に思っている。お前はいつも正直に、真面目に仕事に励み、神仏への信心も厚く感心しておる。それに報いて、わたしが難病を取り除いてやろう。病を除くには、天の水と地の水が合流し、東南より東北に流れて、途中二つ以上の橋をくぐって海に流れこむ川を探しあて、その川に自分の名前と真田幸村様行きと書いた大根を流すことじゃ。そうすれば喘息はたちまちなおるであろう」
と言われると襖の奥へ消えていった。

 幸助は、不思議なできごとに、恐る恐る顔をあげてあたりを見回すと、いつもの住み慣れた自分の家にいるではないか。よくよく考えてみると、発作の苦しさから逃れようと一心に祈っていて気を失い、倒れていたようだ。幸助は、お告げの場所を探しだそうとあちこち歩き回り、杉山村でお告げの川を探し当てた。そこで教えられたとおりに大根を流したところ、あれほど長い間苦しんでいた喘息の発作が二、三日すると嘘のようになくなった。

 この噂を聞き、喘息に苦しむ人たちが大根をもって、この地にお参りにくるようになった。また、村の人たちも信州上田村の真田神社から神霊をお迎えし、真田神社を建立し、毎年十二月十二日に加持祈祷(かじきとう)のお祭が行われるようになった。

[注]真田神社(豊橋市杉山町字下泉)

豊橋・杉山校区の民話
ラベル:豊橋
posted by ハマちゃん at 15:37| Comment(4) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月07日

創作劇『梅田川物語 庄屋源吉』上演

庄屋源吉チラシ

とよはし100祭の高師校区のイベントで、高師校区の郷土の義民『庄屋源吉』を題材にした創作劇『梅田川物語 庄屋源吉』が、
12月2日午後6時30分からと12月3日午後1時30分からの2回上演されました。

12月2日の午後6時30分から公演を観てきました。

12月1日の中日新聞にも載っていましたが、
舞台に立っている人たちは、校区の素人さんたちというわりには、セリフはしっかりとして、堂々とした演技!

劇団豊橋演劇塾の協力で何ヶ月も練習をしてきただけありました。

題材になっている『庄屋源吉』は、250年ほど前の高足村(現高師校区)に実在した人物。
凶作や年貢の重圧に苦しむ村人のために、藩にその窮状を訴えた罪で投獄されたのです。
村人たちの助命運動により、死罪は免れたものの、5年もの獄中生活のため体をこわし、25歳の若さで病死しました。

庄屋源吉の舞台

という、民話で読んだ『庄屋源吉』が、どのように演出されるのかを楽しみにしながら鑑賞しましたところ、
「畑ヶ田」の検見(けんみ)の際に、野依橋の上で、「急に腹痛をもよおした」なんてエピソードも入れられ、おもしろかったです。
ラベル:豊橋
posted by ハマちゃん at 00:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 豊橋の民話-イベントなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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