2006年05月31日

民話「大西の馬頭観音」の背景を訪ねて

大西の馬頭観音のほこら
民話「大西の馬頭観音」の背景として登場する、
大西の公民館脇の小さな祠(ほこら)を、訪ねました。

馬頭観音さまをお参りすることができませんでしたが、
この建物だと思います。(たぶん?)


「馬頭観音(ばとうかんのん)」とは、
真言宗の六観音(聖観音、千手観音、馬頭観音、十一面観音、准胝(じゅんでい)観音、如意輪観音)
または、七観音(六観音に、天台宗の不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)を加えたもの)の1つ。

宝冠に馬頭をいただき、忿怒(ふんぬ)の相をした観音菩薩(ぼさつ)。
魔を馬のような勢いで打ち伏せ、慈悲の最も強いことを表すという。
江戸時代には馬の供養と結び付いて信仰されるようになった。

別名 「馬頭観音菩薩」「馬頭観世音菩薩」「馬頭明王」ともよばれます。

重要文化財に指定されている石川県の豊財院の馬頭観音立像が、代表的な作のようです。

地区の人々に大切に祀られている観音さまは、どんなお顔をしているのでしょうか?
posted by ハマちゃん at 17:57| Comment(4) | TrackBack(1) | 豊橋の民話-場所・背景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月29日

大西の馬頭観音

 昔、大西の里に、たいへん働き者の馬方が住んでいた。
「今日もご苦労だったなあ。帰りの荷がなくてよかったよ」

 重い荷物を隣村まで届け、ほっとした馬方は、空になった馬の背中を優しくなでた。村から里まで急な坂道を通り抜け、昼でも暗い杉木立を通り過ぎると、後は一本道だ。
「おお、おてんとさまが隠れそうだぞ。急がんと日が暮れる」

 馬方は、赤く染まってきた西の空を眺めながら、馬の前をテクテクと歩き続けた。汗びっしょりの顔を拭いもせず、ただ早く帰りたい一心だった。時折り、冷たい風が背中のあたりをかけ抜けていく。
 
 (あれ?何かおかしいぞ。わしと馬しかおらんはずなのに、何かいるぞ)
前になったり後ろになったり、たしかに何かがいるのだ。(もしや、オオカミ・・)ぞくっとした馬方の手にぐっと力が入った。
「おおーい、そこの狼よ。姿を見せな。わしの家までついてこい。お前の大好きな塩をやるぞ」

 恐ろしさに震え、しぼりだすような馬方の声は、切れ切れになって、風に散っていった。
 
 でも、何かがひたひたとついてくるような気配は、やむことがなかった。馬方は、息を殺し、恐ろしさに震える足をただ前に前にと運び続けた。ようやく、家にたどり着いた時は、真夜中を過ぎていた。家の中に一歩入った馬方は、何より先に井戸の水を汲んだ。
「おお、よしよし、これで安心だ。いっぱい呑めよ」

 馬がかいばを食べ始めたのを確かめると、疲れ果てた馬方は、そのまま土間にごろんと転がり、眠ってしまった。
 
 朝になった。鶏の声といっしょに起きた馬方は、首をかしげた。自分が餌を作り出すと、必ず聞こえてくる朝の一声、「ヒヒーン」が聞こえない。急いで桶をさげ馬小屋に走った。
(これは、どうしたことだ?)

 馬は、影も形もない。慌ててそこらを探し回ったが、どこにもいない。声もかれはて、井戸端に倒れ込んだ馬方の目に飛び込んできたのは、馬の片足だった。やっと、狼に喰われてしまったことが分かった。
「何とかわいそうなことよ。わしが悪かった。わしが約束を破ったばっかりに、とりかえしのつかんことをしてしまった」

 馬方は、憐れな馬の霊を慰めようと、馬頭観音を作り、お祀りするようになった。今も、小さな観音さまは、大西の公民館脇の小さな祠(ほこら)の中から、働く人々を見守っている。

豊橋・牟呂・汐田校区の民話
posted by ハマちゃん at 21:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月26日

民話「お蚕さま」の背景を訪ねて

中郷素戔鳴(なかごうすさのお)神社
「お蚕(かいこ)さま」に登場する「中郷神社」は、
「中郷素戔鳴(なかごうすさのお)神社」といい、
4月 第4土曜には、三河の手筒花火が奉納されています。


「蚕」や、蚕のエサとなる「桑の木」さえも、
「蚕都豊橋(さんととよはし)」と呼ばれた地でも、
今では、あまり見かけなくなりました。

クワといえば、
豊橋の巨木・名木100選に選ばれている“クワの木”が、高師緑地にあります。
高師緑地のクワ

樹齢100年以上というこの木は、ちょうど青い実をつけていました。
クワの実
posted by ハマちゃん at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊橋の民話-場所・背景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月25日

お蚕(かいこ)さま

 蚕の卵が産み付けられた種紙は、今からおよそ千三百年前から、寒い冬の間、本宮山奥院(ほんぐうさんおくのいん)の木箱に預けられていた。春になると、宮司の祈祷を受けて養蚕(ようさん)農家に配られた。
 
 吉田で養蚕が始まったのは明治の初めだった。
 
 細谷(ほそや)で生まれた民造(たみぞう)は、蚕に不思議な力を感じ、農家が生き残るには製糸しかないと考えた。そこで、六名の女工を群馬県碓氷(うすい)に行かせ、製糸の技術を習わせた後、花田(今の羽根井校区)に製糸工場を造った。
 
 また、民造の弟は、
「質の良い繭(まゆ)を生産するには、桑が大事」
と桑の改良に努めた。桑畑は細谷、二川方面から近隣の農家に広がり、蚕を飼う農家が増えていった。

 茂一(もいち)も細谷で子どもの頃から桑をつんで育った。あるとき父親から
「お前も製糸で身を立ててみないか」
と進められ、中郷(なかごう)神社の近くで製糸をはじめた。茂一の一日は、体を清め、正装して神前に正座し、祈りを捧げることから始まった。

 茂一の楽しみは、繭問屋と連れだって養蚕農家を訪ねることだった。いつも足を運んだのは、谷川のせせらぎが聞こえるお美津(みつ)の家だった。清々しい緑の空気がごちそうだった。ここで育った繭は、昔から質のよい絹糸になるのでたいそう尊ばれ、お上への献上品として遣われた。茂一が
「タンポポのわた毛が飛び始めたので、ぼつぼつ卵を温めるころかと思ってな」
と話しかけると、お美津は目を細めて、
「だいじなお蚕さまだでね。わたしが種紙を半纏(はんてん)でおぶって卵を温めとるだよ。そろそろ卵が透きとおってきたで、そのうち、かわいい蚕が生(は)えるぞね」

 蚕が生え、はきたてが始まると、養蚕農家はにわかに忙しくなる。

 桑が足らなくなると、じいさまが桑問屋をかけまわって桑を集めるのだ。
「蚕にゃあ、『桑だぞよ、桑だぞよ』と話しかけ、待って貰うだが、つらいぞん』

 わが子のように育てた蚕が、藁で作ったまぶしの中をくぐりぬけて糸を吐きながら命がけで繭をつくる様は人の心を動かした。

 こうしてつくられた品質の良い繭は、皇室に献上され、後に「蚕都豊橋(さんととよはし)」と呼ばれるようになった。

豊橋・羽根井校区の民話
posted by ハマちゃん at 22:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

山の背くらべ

 石巻山と本宮山は、いつも自分の方が背が高いと言い争いしていた。この日も朝早くから、
「やい石巻山、お前が何と言おうと俺の方が背が高いぞ」
と、本宮山が大声で叫んだ。

 すると石巻山も大声を張り上げ、
「何をこくだ本宮山。俺の方が背が高いにきまっとらー。お前なんかに負けるもんか」と激しく言い返した、両方の山の神様が石をぶつけ合うほどの大喧嘩となった。

 そこで、まわりの山々の神さまたちが集まり、
「このような争いをいつまでも続けさせておくのはよくないぞ。どっちが背が高いか、背くらべをしてやらまいか」
と相談した。神様たちは、石巻山と本宮山の頂上に樋い(とい)をかけ、水を流した。すると、水は石巻山側に激しく流れ落ち、石巻山が負けてしまった。

 この時の、水の流れによって石巻山の頂上の土がドッと流れ落ち、大きな岩がむき出しになってしまった。
 
 そんなことがあってから、石巻村の人々は、石巻山が少しでも高い山になるようにと、
「石巻山に登る時、小石を持っていくと楽に登れるぞん。また、山の頂上に小石を置いて、願いごとをすると、ちゃんと願いを聞いてくれるだに」
という噂話をつくって、言い広めたので、それからは、石巻山に登る人たちは小石を持っては山に登り、頂上に置いて山の神さまに願いごとをした。
「今日は、小石をもっていったお陰で、神さまが助けてくれたのか、こんきく(疲れ)なかったやあ」
と言う人たちが増え、石巻山は小石を持っていけば、だれでも登れる山で、ご利益のある山と言い伝わり、小石を持って登る人々で賑わうようになった。

 また、石巻山の北一キロメートルほどの所に、本宮山との喧嘩で石を投げ合ったとき、飛んできたつぶて石だと言われる岩がある。
 
 このごろは、山上(やまのかみ)石巻神社にお参りする時、麓(ふもと)から小石を持って登り、灯篭にあげたり、鳥居に投げ上げてお参りするとご利益があると言われている。特に子どもがお参りすると、頭がよくなるというので、遠くから子供連れでお参りに来る人もいる。

[注]石巻山(豊橋市石巻町)356メートル
  本宮山(現在の豊川市一宮町)789メートル

豊橋・石巻校区の民話
posted by ハマちゃん at 15:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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