2006年04月10日

民話「片身のスズキ」の背景を訪ねて

吉田城鉄櫓-全景

民話「片身のスズキ」の背景として登場する、豊橋市今橋町にある吉田城。
そして、城の裏を流れる豊川(とよがわ)を、訪ねました。

吉田城鉄櫓、一般公開!

現在、吉田城では、鉄櫓(くろがねやぐら)を一般公開中!


鉄櫓は1954(昭和29)年、
豊橋産業文化大博覧会の目玉として復元されたもので、鉄筋コンクリート造りの三層建て。

吉田城築城500年を機に、
昭和46年に閉鎖して以来、34年ぶりに一般開放されていたのが、
好評につき、継続して公開されることになりました。

櫓とは、もともと城の四方に配置し、
武器を保管し、見張りをした建物で、
櫓の中には、吉田城本丸の再現模型や、
吉田城を紹介するパネルなどが展示されています。


ちなみに開放期間は、
4・5月の日曜日と、
4月1日(土)・8日(土)・29(祝)、
5月3日(祝)〜6日(土)です。

時間は、10:00〜15:00です。
posted by ハマちゃん at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊橋の民話-場所・背景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月08日

おしいばち

 昔々、神代の時代のこと。

 天照大神(あまてらすおおみかみ)の言いつけで、六人の神々が、海手の賊を退治するために、航海に出た。向かうもの敵なしの勢いで、悪者たちに立ち向かっていた神々に、突然の不幸が襲ってきた。航海中、暴風雨に見舞われてしまったのだ。飢えと寒さに震えながら、漂流すること十数日、やっとたどり着いたのが植田の海辺だった。

 命からがら岸にはいあがった神々は、助けを求めて歩き続けた。ようやく見つけた里人の家の前まで来ると、手を合わせて頼んだ。
「食べ物をわけていただきたい」
 
 しぼりだすような必死の声に、里人はそっと戸のすきまからのぞいてみた。
「何ということだ!賊かもしれないぞ」

 着ているものは破れ、髪の毛もひげもぼうぼうだ。落ちこんだ目だけが、ギラギラ光っている。あやしげな姿に恐れをなした里人は、そっと裏口から抜け出すと里の人々に急をつげてまわった。
「食べ物を恵んではならんぞ。早く村から追い出してしまえ」

 その夜、里人の家は、どこも固く戸を閉じて開かなかった。
 
 六人の神々は、世の無常を嘆き、動く気力もなく地に伏して泣いた。

 翌朝、東の空があけ始めるころ、里人たちは、森外れの木陰で固く抱き合っている六つの亡きがらを見つけた。びっくりした村人たちが、冷たくなった亡きがらを調べてみると、高貴な神々であることがわかった。
「なんと、むごいことよ。知らぬとはいえ、悪いことをしてしまった」

 里人たちは、自分たちの罪の深さを悟り、心をこめて六人の死を弔い塚を立てた。これが、車神社の境内にある「ひさご塚」だといわれている。

 毎年、十月二九日の祭礼には、「おしいばち」という神事が大切に受け継がれている。

 当番に当たる人たちは、夜明けごろから大釜でご飯をたき、客側を待ち受ける。客たちは、裃に身を固め、特大の親碗に盛り上げたご飯をいや応なしに食べなければならない。一粒でもこぼしたり、食べ残したりは許されない。凶年になっては大変だからだ。早くきれいに食べれば食べるほど豊年だといわれている。
「決して食べ物を惜しんだのではありません」

 六人の神々を餓死させたことへのお詫びの意味が込められると共に、この神事が長い間受け継がれてきたのは、白米に対する願望と、感謝の意味が込められている。

豊橋・植田校区の民話
posted by ハマちゃん at 17:59| Comment(10) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月05日

片身のスズキ

 昔々、吉田の里に五郎という漁師が住んでいた。

 五郎は、いつものように豊川に漁に出かけた。ところが、どういうものか小魚一匹釣れなかった。次の日も、また次の日も漁はなく、骨折り損のくたびれもうけだった。それでも五郎は毎日かかさず豊川に漁に出かけて行った。

 豊川のほとりで生まれ、育ち、豊川を漁場として生業(なりわい)をたてている五郎には、十日、半月、魚が釣れずとも漁場を代えようとは思わないが、雑魚一匹釣れないのは何か理由があるだろうと気になっていた。
「今日で何日目だろう。こんなに魚に嫌われちゃあ、俺んとう漁師はおまんまの食い上げじゃ」
と、五郎がつぶやいた九日目の朝のこと、五郎の竿がいきなり大きくしなった。そりゃあ、びっくりするほどの手応えだった。
「きた、きた、きた。お前だなあ、お前のために、ここの魚んとうが何処かに散らかってしまったぞ。お前を逃がす訳にゃあいかねえや、俺んとう漁師の生活が掛かっとるでな」

 しばらくの間、五郎と魚の激しい戦いが続いたが、やがてとてつもなくでっかいスズキを釣り上げた。五郎は釣り上げたスズキを魚篭(びく)に入れると、大急ぎで家に持ち帰り女房に見せた。
「あんた、吉田のお殿様は、スズキの刺身が大好きだちゅうで、お城にさし出し、お殿様に喜んでもらっちゃあどうだん」
「ああ、俺も、そう思っとるぞ。何たって豊川で釣り上げた自慢のスズキだ。お城に届ける前に、お前にみせたくてな」
と言うと、五郎は自慢のスズキを早々にお城に届けた。

 お城では、料理番の男たちが、貰ったばかりのでっかいスズキを刺身にしようと、庖丁を研ぎ、スズキをまな板の上にのせた。そして、サーっと片身をそいだ途端、スズキは元気よくピョーンと跳ねると、片身のままお城の裏を流れる豊川に跳び込んでしまった。

 さぁ大変。料理番たちは大慌てでタモを取り出し、片身のスズキをすくおうとしたが、川に跳び込んだスズキは、片身のままで、川底へ泳いでいってしまった。

 片身のスズキは、そのまま長く城下に住みつき、この豊川の主となったと言われている。

豊橋・八町校区の民話
posted by ハマちゃん at 16:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 豊橋の民話集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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